情報学部大学生のダラダラ日記

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【胸糞注意?】中学の顧問の話

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はじめに

 なんか暇で書く事ないかなと思っていたら今週のお題「○○の秋」というものを見つけたので書きます。スポーツの秋とも言われるので今回は僕が中学の部活で経験したことを書こうと思います。野球部です。その時のクソ顧問について書きます。

本題

 小学校のころから野球をやっていたので流れでそのまま野球部へ入部しました。僕は普通の市立中学校に通っており、部活も学校内のものだったので際立って強い部活ではありませんでした。また、二個上の兄が先に野球部で活動していたのでどうもやばめの顧問がいることは聞いていました。しかし、小学校も監督は厳しかったのでまあいけるだろと思いそのまま入部しました。

 入部をし、顧問の先生と初めて顔合わせをした時、若いさわやかに対応してくださり、「〇〇の弟か!よろしくな!」みたいな声もかけてくださったのでいい先生やん~と思いました。罠です。部活以外ではこういう対応をするから野球部以外の学生からの評価は高かったです。罠です。

 1年生の時、なぜか流れで僕が1年の責任者を務めることになりました。1年生は先輩よりも早く来て(集合時間の1時間前とか)試合の準備をしなければなりませんでした。もちろん、1時間というのは目安ですが、最初のうちは慣れていないのもあったり、何かしらのトラブルで準備が間に合わないことがまれにありました。早く準備しろと口だけの先輩。時間きっちりに来る顧問。クソです。そして間に合わない時や遠征時に忘れ物をした時に呼び出されるのが1年生の責任者の僕でした。いや忘れ物とか知らんがな。こちとらこの間までランドセルしょってたんやぞ??全部網羅しろとか無理だろ。とも思っていたのですが、そんなこと言えるはずもなく、なぜ忘れ物したのか、所詮お前は云々と言われまくりました。全責任が自分にきて辛かったです。まあでもこのぐらいならどの部活でもあると思います。そんなことが1年間続きました。

 2年生の時、先輩達の中体連前の大事な練習でなぜか僕に顧問からの集中砲火が始まりました。雨の日でまともにバウンドしないボール、少しでもエラーをすると「なんでてめえはそんなこともできねえんだ」「お前なんかこいつらがいなくなっても試合ださねえからな」などと言われました。いや俺のことはいいから先輩の練習させてあげて、と思っていましたがその日はなぜか僕への罵詈雑言がすごかったですね。今思い返しても謎です。その日練習終わったあと先輩とも笑い話にできたのでおっけー。

 そして先輩が引退した2年生の夏、ついに僕達の代になりました。僕は副部長になりました。やっと学年責任者という席から降りられました。しかし、地獄はここからでした。不運(?)なことに僕達の代は絶望的に弱かったのです。そして負ければ負けるほど顧問の機嫌が悪くなり、その矛先は部長副部長へと向きました。「負けたのはお前らのせいだ」と言われ、試合と試合の間、皆は昼食の時間に僕達3人はずっと走らされていました。意味が分からないです。ごはんたべさせて!次も負けちゃうよ!!!! まだ副部長だったので呼び出されるのは部長とセットだったのですが、部長はピンで呼び出されていたり大変そうでした。大変そうでした(二回目)。まだ口だけならよかったのですが、胸ぐらを掴むのは当然のこと、バットボール帽子と手元にあるものはなんでも投げてきました。今思うと赤ちゃんみたいでかわいいのですがバット投げられるのは怖すぎました。

 他にも暴力的なあれはちょこちょこあったのですが多すぎて思い出せません。練習を校舎の3階から覗き見して後で嫌味ったらしく言ってきたり、試合で負け、学校に帰った後皆で遊んでいたのも除き見していたらしくそれも後で「負けたくせに楽しそうだったな」的なことを言われたりとにかく性格が悪かったです。そして2年生から3年生へ上がるタイミングで転任しました。死ぬほどうれしかったのを覚えています。

最後に

 あまり不幸自慢?みたいなことをしたくなかったのですが、せっかくなので文章として残しておこうと思います。野球は一見美化されがちですが、よくも悪くも昔の風習が根強く残っているので指導者も暴力教師などこのご時世未だにいると思います。仮に将来僕に子供ができたとしても野球は勧めないと思います。本人がやりたいと言ったら別ですが。

 中学の友達と頻繁に会うのですが、今となってはこのクソ顧問のことも笑い話にできているのでまあいい経験としてとらえています。もう一度人生をやり直したとしたら絶対に入部しません!

 

おわり

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